みろこのブログ

どうせ生きるならコンテンツとして消費されたい

子どもの頃の記憶|おかあさんとかいじゅう

何歳の頃かは覚えていない。

季節も覚えていない。

場所は地方の百貨店の屋上駐車場。

車の中できょうだいとおかあさんの買い物が終わるのを待っている。

 

おかあさんまだかな!

なかなかわたしたちのところへ戻ってこない。

 

不安のかたまりがむくむく大きくなっていく。

お店の中に巨大な怪獣があらわれた状況が脳内に描かれる。

店内の吹き抜けを軽々と突き抜けるくらい巨大な怪獣があらわれている。

 

果たしていつか夢で見た状景だったのか、

絵本で知ったものだったのかはわからない。

 

おかあさんおかあさん、おかあさんがかいじゅうにおそわれている!

はやくかえってきて……

かなしいようなきもちでいっぱいになり、たまらない。

 

不安という感情も、心配だ、寂しいという感情も区別さえつかずに、

ただただかなしいようなきもちでいっぱいになっていた。

 

おかあさんが何事もなかったかのように買い物を終えわたしたちのところへ戻ってきた。

怪獣はいなかったらしい。

わたしの頭の中に描かれたかいじゅうは、

まるで最初からそんなものいなかったかのようにしゅうっと消えていった。

「認知の歪み」という言葉すら自分を否定してくる

「認知の歪み」という心理学の用語がある。

心理学の用語なのだから別にわたしを責めているわけではないのだけれど、

まるで「あなたは認知が歪んでいる!あなたはダメ!ダメダメのダメ!矯正しなさい!」と迫ってくる脅威のよう。

 

調べてみると「歪み」という言葉にネガティブな意味があった。

「よこしまなこと。不正。」

 

たちまち「歪み」という響きに脳内が支配されてしまう。

歪んで見える景色に美しいものもあったような気がする。

だけどそうか、真っ直ぐでないってことか、イコール「ダメ」なんだって極端な発想になってしまう。

 

「認知の歪み」、これまで人生を送ってきて形成された「考え方のクセ」だという。

はたしてそれは、善いか悪いかでいうと、「悪いクセ」なのか。

 

こころがふっとラクになるようにクセを変えてみましょうという。

考え方のコツを新たに習得すると思えばいい。

するとこれまでのわたしは一体なんだったのか。

地面に立っていることができなくなりそう。

 

自分のダメな部分を受け入れましょうと言われたら、

「自分なんて、そこまで完璧主義じゃないんです。

自分にそこまでのもの、求めてないです、諦めてます。

でも、ダメな部分を抱えて生きてきた自分を否定されてしまうような気分になるのがつらいんです。」

とでも答えるのだろうか。

 

知らぬ間に、わたしってこんなに自分のことを愛していたのか。

結構えらいところあるね。

愛し方さえ歪んでいるのが切ないかな。

箱入りの愛情

愛することは難しい。

 

距離が近くなるということ。

うれしいことが自分ごとのように共有できて、つらいことが実感を伴って伝わってきてしまう。

 

自分と似ているならば、なおさらのことである。

 

「こんなにつらいおもいあなたにはしてほしくない」

「こんなにつらいのじぶんだけでいい」

はたしてそれは愛なのか。

 

敵となる周囲のいろいろなものから守る愛と、かわいい子に旅をさせる愛と、どちらか選べるなら後者を選びたい。

一緒に生きるということ。

影響を与え合いながら成長するということ。

 

新しいものに立ち向かう強さをもった人が好き。

これは自分の価値観でしかないけれど、あなたは弱い、それでも好きということ。

これが好きを超えて愛だとするなら、あなたのつらさから救うだけが愛ではないということなのか。

 

箱入り娘のように手塩にかけて愛を注ぎ続けたいけれど、自分の価値観が「それでいいの?」とこっちを見ている。

 

もしも自分につらさをはんぶんに軽減できるちからがあったなら、自信をもってあなたを愛し続けるでしょう。

あなたのつらさをダイレクトに感じてしまうくらいに傍に近づいてしまった。

 

本当のやさしさとは何なのかが人生のテーマになった。

やさしい愛ときびしさをもった愛ならば、後者。

 

価値観だけでは次の一手を進めることができない、そういう感情を味わっている。

夜の過ごし方

 

そのまま眠ってしまうには惜しい夜がある。

一晩眠って起きたからといって、次の朝にまったく新しい自分に変わってしまうわけではないけれど、思考を整理してから眠りにつきたいという夜がある。

 

こんな夜にノートを取り出して日記を書けばいいのかもしれない。

雑誌の手帳術特集には「1日の終わりに自分をほめてみましょう!」だとか前向きな記事が載っている。

自己肯定感を高めるにはいい方法なのかもしれないけれど、わたしは自己肯定感を高めたいのではなく、承認欲求を満たしてもらいたい。

 

自分で自分をほめられることができたら、自己肯定感の低さに悩むことはないと思う。

そもそも自己肯定感のもともと高い人は、もっと別の次元で自分を認める方法を知っているのではないかと思う。

 

「今日ね、こんなことがあったんだよ」

「そんなことがあったんだー、がんばったね」

って、眠る前に少しだけお話をして、そのまま朝まで一緒にいられるような人が隣にいる方が自分が満たされるのではないか。

 

ぬいぐるみはわたしをほめてくれない。

だけど、満たされない隙間をすこしだけ埋めてくれる。

薬で神経伝達物質をいじることへの抵抗

2013年の年明けからうつの薬物療法が始まった。

向精神薬が処方された。

 

薬を飲めばうつが完治するかといえばそうではなくて、そんな保証はない。

2018年の初夏を迎えた今も薬を飲み続けているし、精神症状以外に身体症状に悩まされることもある。

 

初めて向精神薬を飲む朝、洗面台の排水溝にこのまま薬を捨ててしまおうかと思った。

この薬を飲んだら、果たしてわたしはわたしのままでいられるのだろうかとこわくなった。

 

ひとのこころはどこにあるのかわからないけど、脳ってわりと根幹の部分だと思う。

脳の弱ってしまった部分を薬で補う必要があるのは、わかる。

そうしてしまってわたしはわたしのままでいられるのかは、わからない。

 

だけど薬で弱ってしまった部分を補わなければ生存できない。

わたしがわたしでなくなってしまったような感覚を抱えながら生きる意味はあるのか。

 

薬を飲むようになってからも変わらず接してくれるまわりの人たちにはとても感謝している。

わたしでなくなってしまったかもしれないのに、わたしの人生に関わってくれてどうもありがとうという気持ちがする。

「わたし」の世界で主人公になる方法

他人と「わたし」を比べては落ち込んでしまったり、行き場のない怒りさえ感じてしまう女の子へ。

 

「わたし」の世界を発見しよう

何がすきですか。

何をしていたら「楽しいなぁ」「しあわせだなぁ」「これってなんだか心地いいかも?」って思いますか。

自分の世界にマッチするものやひとを選び取る方法をまだ試したことがないかもしれない。

もしそうだったら、すきなものをコレクションしてみてください。

おすすめはノートです。

お気に入りのノートを「すき」でいっぱいにしてください。

どんなノートを選びますか。

そこから始まります。

どんな色のペンを使いますか。

雑誌の切り抜きやネットでいいなと思ったスクショをプリントしてノートにどんどん貼っていきましょう。

だんだんと「わたし」の世界のカタログができあがってくると思います。

 

「わたし」の世界の住人になろう

「わたし」の世界のカタログを眺めて、「わたし」はどう思いましたか。

"「わたし」は○○と思った"

「わたし」を主語にして考えるレッスンです。

「みんながいいと言っているから、わたしもいいと思った」

こんなおもいがうまれたら、少しだけ考えをふかめてみてください。

「○○ちゃんがインスタに載せていていいなと思った。

わたしは○○ちゃんのセンスに憧れている。

わたしと○○ちゃんは、△△を集めているところが似ていると思った。

だから、わたしもいいと思った。」

お手本にしたい世界があったり、真似っこしたい世界があったら、

たまに遊びに行ったらいいと思います。

遊びに行ったらまた戻ってきて、

また「わたし」の世界のつづきを再開してくださいね。

そうして「わたし」の世界を発展させていくといいと思います。

 

「わたし」の世界で主人公になろう

「わたし」の目で見たものの中から、「わたし」のセンスで選んだものに注目して、

「わたし」の世界にだんだんと気づいてきました。

「わたし」の世界もだんだんとにぎやかになってきました。

「わたし」の気持ちは、どんなですか。

もし、「こんなことやってみたいな」ということが思いついたら、

「わたし」の世界での物語がはじまりました。

やり方がわからないことは、これからおぼえていきます。

物語のなかで、「わたし」はどんなことを考えてどんな行動をするのでしょう。

たのしい気持ちですか、それともちょっとこわいなと思いますか。

物語の作者は「わたし」です。

いろんな登場人物があらわれるかもしれません。

「わたし」の思ったことをいつでも大切にしてください。

自分の魅せ方

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そこに社会があるなら、自分がいて、どう振舞っていくか、見せ方を無意識のうちにでも考えてると思う。

 

目的と手段がわからないとけっこうむずかしい作業になるかもしれないけど、そのヒントを集めていけたらなって思った。