みろこのブログ

どうせ生きるならコンテンツとして消費されたい

箱入りの愛情

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愛することは難しい。

 

距離が近くなるということ。

うれしいことが自分ごとのように共有できて、つらいことが実感を伴って伝わってきてしまう。

 

自分と似ているならば、なおさらのことである。

 

「こんなにつらいおもいあなたにはしてほしくない」

「こんなにつらいのじぶんだけでいい」

はたしてそれは愛なのか。

 

敵となる周囲のいろいろなものから守る愛と、かわいい子に旅をさせる愛と、どちらか選べるなら後者を選びたい。

一緒に生きるということ。

影響を与え合いながら成長するということ。

 

新しいものに立ち向かう強さをもった人が好き。

これは自分の価値観でしかないけれど、あなたは弱い、それでも好きということ。

これが好きを超えて愛だとするなら、あなたのつらさから救うだけが愛ではないということなのか。

 

箱入り娘のように手塩にかけて愛を注ぎ続けたいけれど、自分の価値観が「それでいいの?」とこっちを見ている。

 

もしも自分につらさをはんぶんに軽減できるちからがあったなら、自信をもってあなたを愛し続けるでしょう。

あなたのつらさをダイレクトに感じてしまうくらいに傍に近づいてしまった。

 

本当のやさしさとは何なのかが人生のテーマになった。

やさしい愛ときびしさをもった愛ならば、後者。

 

価値観だけでは次の一手を進めることができない、そういう感情を味わっている。