みろこのブログ

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「認知の歪み」という言葉すら自分を否定してくる

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「認知の歪み」という心理学の用語がある。

心理学の用語なのだから別にわたしを責めているわけではないのだけれど、

まるで「あなたは認知が歪んでいる!あなたはダメ!ダメダメのダメ!矯正しなさい!」と迫ってくる脅威のよう。

 

調べてみると「歪み」という言葉にネガティブな意味があった。

「よこしまなこと。不正。」

 

たちまち「歪み」という響きに脳内が支配されてしまう。

歪んで見える景色に美しいものもあったような気がする。

だけどそうか、真っ直ぐでないってことか、イコール「ダメ」なんだって極端な発想になってしまう。

 

「認知の歪み」、これまで人生を送ってきて形成された「考え方のクセ」だという。

はたしてそれは、善いか悪いかでいうと、「悪いクセ」なのか。

 

こころがふっとラクになるようにクセを変えてみましょうという。

考え方のコツを新たに習得すると思えばいい。

するとこれまでのわたしは一体なんだったのか。

地面に立っていることができなくなりそう。

 

自分のダメな部分を受け入れましょうと言われたら、

「自分なんて、そこまで完璧主義じゃないんです。

自分にそこまでのもの、求めてないです、諦めてます。

でも、ダメな部分を抱えて生きてきた自分を否定されてしまうような気分になるのがつらいんです。」

とでも答えるのだろうか。

 

知らぬ間に、わたしってこんなに自分のことを愛していたのか。

結構えらいところあるね。

愛し方さえ歪んでいるのが切ないかな。